いい塩梅

ものにはちょうどいい大きさや量というものがある。

それは何が目的になっているかによって決まっているような気がする。
例えば、みそ汁でもいい。みそ汁はそもそもオカズにはならない。お米を主食とした日本人が、お米とオカズをそれぞれ口に入れ咀嚼後、円滑に胃袋へと流し込むために存在している。従って、一回の食事で必要なみそ汁の量はドンブリに一杯も要らず、世に存在するお椀くらいがちょうどいい量だったのではないか?つまり、ちょうどいい量によって器の大きさが決まったとも言える。
ところが汁一族の中でも、オカズになり得る豚汁というものが存在する。具の大きさはオカズに相応しく大きめである。具が大きめなのでそれをみそ汁を入れるお椀に入れたのでは、汁とおかずの比率が良くない。そこで、豚汁用のみそ汁椀よりふたまわり大きなお椀に入れられているのではないか?これはつまりは実用性によって決まっている例と言える。
他に例を挙げれば、ラーメンがバケツ一杯あっても誰も全てを食べきらない。これは一般的な胃の容積によって決まっていると言えるであろう。それから珍味一族。僕はカラスミが好きだが、あれがドンブリ一杯あっても嬉しくない。いつかなくなってしまうであろうその日自分に与えられた分量を、ちまちまと食べるところにエンターテイメント性が隠されている。つまり少量ちまちまが崩れればその存在価値は薄れてしまうというものだ。
そんな例はいくらでも出てくるが、これらは人間の体のサイズと身体形状によって便利なように作られた世界とそれによって作られた価値観なのであるからよくよく考えてみればちょうどいいのが当たり前なのである。

ところが、僕はちょうどいい量という僕の中の常識を覆されるものに出会った。それが下記の写真である。ヤクルトの類似品であるようであるがでかすぎである。ヤクルトは一度に飲み干すものだと思っていた僕にとってはかなりでかい。いくらL.カゼイ・シロタ株が体にいいとはいえ、これでは逆当たりしてしまいそうである。日本にもピルクルやソフトカツゲンなど500mL入りのヤクルト類似品が存在していたが、パックに入っているので違和感はなかった。しかし、プリッツなどのご当地巨大箱仕様のようなこの飲み物は不気味以外の何者でもなかった。
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ところで横にある、タバコの箱。デザインがなかなかオドロオドロしいでしょう?他にも種類があって、デザインのラインナップは全5種類。タイでは日本などよりよっぽど分煙化が進んでおり、不特定多数の人が出入りするエアコンの効いた室内での喫煙は一切禁止。破った場合は2000バーツ(6000円)の罰金が課される。このデザインも禁煙政策の一環という訳です。ちなみに飲み屋などもその室内は当然空調が効いているので禁止エリアに含まれており、飲みに行ってタバコを吸いたくなったらわざわざ外の喫煙場所まで出ねばならず、喫煙者にとっては結構面倒な法律である。まあ実際には吸わせてくれるところも結構多いのではあるけれどね。そんななので、意外にもタイでは若年者の喫煙率はかなり低いのです。余談でした。
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by beerman7 | 2006-08-29 20:37 | タイログ