人類みな兄弟

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現場のトイレに入ると壁に落書きがあった。トイレにこういうものを書いちゃうのは、どこでも同じなのだなあとなんとなく感心してしまった。

僕は今までトイレに落書きをしたことがないからどういう心理なのかいまいちよくわからないけど、国が変わっても同じことをしちゃうのには、それなりに理由がありそうだ。少し考えてみると、人は自分の家を出てからというもの、常に世間の目にさらされることになる。それは無人島にでも住まない限り避けて通れないことであり、社会と関わりを持って生きていく限り仕方のないことだが、同時に自らの精神や欲求をコントロールする必要がでてくる。そんなストレスに耐えながら、ボクらは自分の身を社会に放り出しているわけだけど、トイレの個室というのは自分の家を出てから唯一外界との断絶をはかることのできる空間であり、その上匿名性を維持することもできる。つまり唯一精神の開放が許される心のオアシスと言ってもいい。

そんな時につまりその、日頃の欲求が爆発するのだね、きっと。で、ドカーンと噴火しちゃったのがこれらの写真。



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これは人間の欲求の「生理的・本能的な欲求」の表れですね、きっと。で、人間にはもうひとつ「より高次な欲求」と呼ばれる欲求があって、こっちは例えば「○○ぶちょーのバカヤロー」とか「○○-○○-○○○○に電話してね。サセ子の○○より」なんていうのがこっちに当てはまるんでしょうなあ。

それにしても、前者も後者もわざわざトイレの壁に書かなくてもいいじゃないかとも思うけれど、前者の場合、特に男は視覚情報からくる性的な刺激というものを感じやすいから、そういうエロティックなものは空想だけじゃなく具象化したくなっちゃうんだろうなあ。こんなこというと怒られるかもしれないけど、神仏を偶像化するってことと繋がっている気がしないでもない。頭の中に留めておくだけでは、情報の共有化もできないしね。後者の理由は至って簡単で、面と向かって表現できない苛立ちやストレスがこういう形で表現されたんでしょう。「○○ぶちょーのバカヤロー」と書いたサラリーマンAさん(35)は、徹夜で考えた企画を○○部長に5分で没にされちゃったのかもしれません。「○○-○○-○○○○に電話してね。サセ子の○○より」と書いた私立高校2年のB君は、想いを募らせていた○○ちゃんが、同じ部活のC君の自転車の後部席に乗っているのを先ほど目撃したのかもしれません。

まあともあれ、ボクらは常に本当の自分と社会にさらされている時の自分とのズレを抱えながら生きていくしかないのですね。あー、それにしてもウルセー文章だ。
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by beerman7 | 2006-08-05 18:36 | タイログ