ニンゲンの共感構造

タイには季節が3つしかなくて、冬(11月~2月まで)、夏(3月~4月まで)、雨季(5月~10月)までという分かれ方をしているんだよね。まあタイ人に言わせると、「hot」、「very hot」、「wet and hot」らしいけど。で今朝、歯を磨きながらはっと思ったけどね、例えば日本の今の季節(冬)だと、朝寒さで起きるのが辛くなってきたり、鍋物がおいしい季節になってきたり、人肌が恋しくなったりとか、寒さからくる辛さとか欲求とか幸せとかいろいろ出てきますよね。それって、同じような文化圏の同じような気候帯(これを地域とか地方とかいうのかなあ?)に住んでいる人同士だったら簡単に分かり合えると思うんですよ。まず、寒いという状況があって、じゃあそれをどうしようかという知恵とか思考とかがあって、するとそこから生まれるまた別な感情ってのがでてきて、それが経験感情として身についていくからね。

ところがね、バンコクはいま一応冬だけど最高気温は30℃を超えるし、冬とは名ばかりなんだよね。街が年末に向け、イルミネーションで徐々に彩られるようになってきたけど、僕にとってはすごい違和感なわけ。寒くないのにイルミネーションで彩られている街の風景っていうのが。僕の経験感情では、イルミネーションで飾り付けされるのは寒い季節だってインプットされているからね。それは例えば真冬に花火が上がることだったり、梅雨時に石やきいも屋が走ってたり、雪の上でスイカ割りするってことなんかと一緒かなあ。これは僕が勝手に思い込んでいる常識ともいえるけど、日本人という括りで言えば公約数的な経験感情だと思うんだよ(だよね?)。だからわざわざ言葉で説明しなくても、同じようにぐっと来たり似たような違和感を感じたりってことになるんだなあ、きっと。こないだタイ人の友だちと飯を食ってて食べ物の話になったときに、日本は今鍋物が美味しい季節だよって言ったら、どうも季節によって食べ物が変わるということがあまり感覚的につかみにくいようだった。バンコクは一年中同じような気候だから、あまりそういうのはないんだね。だからその感覚的であまり言葉として表れてこないものをお互いに認識できないと、コミュニケーションはもっと手前のところで止まってしまうことになっちゃうんじゃないかなあ。

何かを理解するってことはきっと、本で読むだけとか情報として知るだけでは物事の本質を理解するということに繋がって行かないんだろうなあってことを改めて感じましたってこと。だからまあ例えばある国を理解するってことで言えば、その国の人たちと同じ空気を吸ったり飯を食ったり排泄したり、言葉として表れてこないものを肌で感じて違いを知るってことはすごく大切なことなんだろうねえ。
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by beerman7 | 2005-12-06 11:29 | タイログ