東北百名山ハントの旅('05.8.17~20)

行って参りました。東北百名山ハントの旅。
今回は会社の先輩で札幌支店時代にちょこちょこ一緒に山登りに行っていた方と。
けれどそれは仮の姿で、ポッキー王国のプリッツ2世王子が本当の姿なのである。
b0027109_220346.jpg
どの辺りが王子かというと、
①Tシャツ、Gパン、スニーカーという一般人には理解し難い御姿で登山に臨まれる
(ちなみに今回はコンビニ袋を手にぶら下げていました)
②どんなに汗をかいても風が吹いても雨が降っても絶対髪型が変わらない
③財布には一万円札しか入っていない
・・・からである。
天気が悪くて断念した穂高連峰にもこんな調子でチャレンジしようとしていたのだから、
一緒に行くほうとしては心配もはなはだしいのである。次に一緒に行くときは必ず登山靴は最低買え!と下僕ながら進言申し上げました。

さて今回は、
1日目 蔵王(ざおう)~蔵王温泉古竜沼キャンプ場(無料)~飲酒~泥酔
b0027109_2235092.jpg

2日目 吾妻山(あづまやま)~かんぽの湯~庄助キャンプ場(高い!)~飲酒~泥酔
b0027109_2243461.jpg

3日目 磐梯山(ばんだいさん)~布森山の湯あだたら高原野営場(無料)~飲酒~泥酔
b0027109_22101718.jpg

4日目 安達太良山(あだたらやま)~ふもとの温泉(露天風呂がセコい)
b0027109_2253490.jpg
というボクにとっては人生の黄金ルーチン4日連続!の旅となりました。


こまごまと書いても読むほうも(書くほうも)面倒だと思うので、
思ったことを少々(と言いつつ結局長くなってごめんなさい)。

まず東北方面の山は開発されすぎている(怒)!
スキー場と繋がっている山がほとんどなためロープウェイやリフトが設置されていることが多く、結構な高度までハイヒールのお姉ちゃんでさえも連れて行ってくれちゃうのである。このように怒っているが実は今回、磐梯山以外はリフトを利用しての登山であった。リフトを利用しなければ4日間で4つの山を踏破することもできなかったと思う。しかししかーし一歩また一歩と、自分の足でゆっくり高度をかせぎ額に汗して登るからこそ、b0027109_22163359.jpg山上からの眺望もまた一段と感動を増すのである。けどリフトで簡単に上がれてしまうとその感動も薄れてしまう。確かに山登りなどキツいしタイヘーンという人たちにも山の上からの素晴らしい景色を提供できるかもしれない。でも山に登る理由のひとつに、誰もが手に入れることのできない風景を楽しむというのもあるし、せっかく深田久弥(ふかだきゅうや)が日本百名山を選んだのにぶち壊しな気さえする。深田久弥が登ったころにはリフトなどなかっただろうから、今もし氏が再度百名山を選ぶとしたらリフトのある山なんぞは選ばないであろう。山登りは自分をいじめていじめられて快感を得るMなスポーツだと思うので、Mなボクとしてはあまり開発を進めないでいただきたい、と強く言いたい。

そしてもうひとつ。山の高度と挨拶は反比例の関係にある。
山では人とすれ違うときにたいてい「こんにちは~」と声を掛け合う。登りでしんどいときに挨拶されると結構気持ちのよいものであるし、元気も出る。今回の磐梯山でもその「こんにちは」がきっかけでおばちゃんと話をすることができ、自分たちの知らないルートを紹介してもらい想像以上の楽しみを得ることができた。その挨拶であるが、山頂付近では下山する者が積極的に声を掛けるようになる。上り側の人が「あとどれくらいですか~」なんて苦しそうに聞いてこようものなら、待ってましたとばかりに少々の優越感と共にちらりと相手の装備に目をやって登山レベルを見極め、「う~ん、あと30分くらいですかねえ。ここから10分ほど行ったところには鎖場があって少し霧で湿って手元足元が滑りやすいですから気をつけてください」などとつい多弁に余計なことまでしゃべってしまうのである。このついおせっかいにしゃべってしまう心理は、目の前にいる登山者よりもおれはこの山に関しては先輩だかんな!というココロの内側に端を発しているような気がしてならない。これを例えるなら「あの映画見た~?見てないの~?もーサイコーなんだから早く見なさいよ!」なんて言っているその辺のおせっかいお姉さまの構造と同じなのである。
b0027109_2213782.jpgちなみに写真のおっちゃんは、焼酎大五郎を水筒代わりに一家のあるじとして水を運搬していた。見るからにシロウトではあるが、こういう人には別の意味でつい優しくしてしまいたくなるのである。話は逸れたけど、山登りは共感のスポーツでもある。いい景色をみて「すげーな」とか「うーむ」などというつぶやきを受け止めてくれる人がいるとその感動もさらに増幅されるというものである。だから山頂では見知らぬ登山者同士が旧知の友かのように話をすることもしばしばである。まさに苦楽を共にした戦友の感覚なのかもしれない。それゆえ山の高度が低いところで出会う登山者とは共感が少ないと感じるためか、高度を下げるにつれ「こんにちは~♪」が「こんちは」になり「ちは」とそのトーンは下がっていくのである。そして下山は現実に戻る行為でもある。街では「こんにちは~♪」などといきなり声はかけない。かけたら信仰宗教の勧誘と間違われるだけである。そんな変な理性というか現実に標高を下げるとともに戻っていくのである。これが今回発見した山高度挨拶反比例の法則。

最後に僕が山に登る理由。
自然に生かされていることを感じることができるから。自然は厳しいが絶対に裏切らない(気がする)。自分が生かされていることを感じることって、忘れてはならない感覚だと思う。僕が学生のときに開発途上国を訪れそこに生きる人たちの感情が豊かだと感じたのは、生かされていることへの感謝を忘れていないからではないかと今更ながら気づいた。都会で生活していると人間が万能だって勘違いしちゃいがちだ。もちろん僕自身もその便利さを享受しているし、それがなければ今の生活は成立しないとは思うけれど、生かされているという気持ちを感じながら生きていきたいとぼくは思うのです。
b0027109_14391480.jpg



ところでさあ、福島牛ってすごくおいしいんだよ。
b0027109_2262215.jpg
肉の中にこんなに脂肪があるってことは生き物的にはすごく不健康で無理をしているし、人間の欲望の犠牲になっているとは思うんだけどうまかったなあ。
お命いただきました。ありがとう。
b0027109_059122.jpg
<蔵王熊野岳山頂にて>
[PR]
by beerman7 | 2005-08-20 22:07 | 野外活動