不安偏愛

品川駅を降りて、会社に向かう途中であるフリーペーパーを配っていた。タイトルは「年収と家(だったかな?)」。要はあなたの年収の人はこのくらいの物件を購入しているからあなたも買いなさいよ、というような内容(と思われる…)。日本って、こういう型のお仕着せ的な記事が多いなあと思いながらその冊子は受け取らずに通り過ぎたのだけれど、そういう記事を望む人もいれば、売る側の戦略もあるのだろう。

日本に帰って来てからというもの、広告の売り文句や意識の中に、将来への不安や備えといった類のニュアンスが含まれていることがすごく多いな、と感じている。保険にお金を使うのもひとつの投資だけど、投資の意識はおそらくあまりない。

安心にも蓄えにもならない消費に対して財布の紐が固くなっているのは、そういった安心を売りにする脅し広告がひとつの要因にも思える。安心が商品として大手を振れるということは、消えてなくなってしまうものよりも優先順位が高くなっているということだからだ。

それにしても人間は不安と安心が好きだ。保険というのは、将来への不安に対して安心を得るためにエネルギー(お金)を注ぐ。広げて考えてみると、旅というのも共通する部分があるかもしれない。知らない土地で行動するとき、まず寝るところを確保して、次に食べ物を確保する。そこが安心できて初めて外に目が向くようになる。不安だった部分を安心に変えることが、旅のひとつの楽しみであり、自分の中の安心の地図を拡げていくことが旅なのかもしれない。

保険も旅も、基本的に根っこの部分ではなんか似ているな、と思った次第。どっちも不安が大好きなんだ。その不安のボールを人に預けるか、自分で転がすかの違いはあるけれど。
[PR]
by beerman7 | 2013-04-23 12:16 | 雑記