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ミャンマー

写真仲間+Yuiko&Hal、総勢7人でミャンマーに行ってきた。3泊4日の旅である。Halにとっては、マレーシア、カンボジアと続き、3カ国目である。日本からは遠い国にもタイからだと気軽に行けるのがうれしい。飛行機代は3人で4.5万円程度。現地でかかるお金も知れている。
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飛行機から眺める景色は、どこまでも続く緑と水田と、その間をくねくねと茶色く流れる川。その中に申し訳程度に人工物が点在する。全体的に緑と茶色の国なのだ。
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飛行機を降り、空港からホテルに向かう。雲がどんよりと重く、町全体が薄暗い。空気は乾いている。
夜、街は少し怖くなるくらいに暗くなる。建物から外に明かりが漏れて街を明るくするほどの照明はないし、外灯も少なくネオンサインも申し訳程度にしかないからだ。太陽が昇れば街が目覚め、沈めば眠りに落ちるのだ。
翌朝、明るくなった街を散策したが、全体的に貧しさを感じる。建物や道路、公共物など、いろんなものが粗末でお金がかけられていないことが分かる。昔は首都であったにも関わらず高い建物は少なく、密度が低くスカスカしている印象。そして物が少ない。買う人が少ないから物が少ないのか、その逆なのかは分からないが、気軽に手に入りそうなものですらあまり売られていない。改めてバンコクは大都市であることを再認識する。

ただ人々は貧しいながらも素敵な笑顔を見せてくれる。積極的に関わってくる人は少数だが、温かく見守るような視線だ。特にHalには興味津々。ベビーカーが珍しいのか、外国人の幼児が珍しいのかは分からないが、ものすごく注目される。そしてやさしい微笑を投げかけてくれる。そんな人々なのだ。
確かに国は貧しいかもしれないが、そういう国に限って本当の笑顔を見せてくれる人が多い気がする。実際にその地を訪れてみないと経済的な貧しさなどのステレオタイプな情報しか知り得ないし、事実僕もそういう目でしか見ることしかできなかったが、でも実際に訪れてみると、そこに生きる人はそんなに悲しそうではないし、もっと心から笑っているよ!ということに気付いたのは、初めて一人でインドに出かけ、自分の目で確かめた20歳のとき。そのとき以来、僕はいわゆる途上国と呼ばれる国の人たちの笑顔に惹かれ続け、カメラが楽しくなってきた今は、そういう部分を写真に切り取りたいと思っている。
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こういう国に来ると必ず思うことがある。
「もし自分がこの国に生まれていたなら、何をしているんだろう?」
物売り?僧侶?サラリーマン?ガイド?
「もしこの国に今突然放り出されたら、何をして食っていくんだろう」
なんてことを考えるのも楽しい。
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「もし世界が100人の村だったら」という本があったけれど、日本人を何かしらの基準で1番から100番まで順番をつけてクラス分けしたとする。それを同じようにミャンマーでも作って、自分が例えば50番くらいのところに位置するとしたら、ミャンマーの50番に当てはめてみて、その人たちがどんな生活をしているのか比べたら、面白そうだ。そんなことを考えながら、想像しながら街を眺め、写真を撮るのは面白い。


ところで、今回初めて知ったこと。ミャンマーの首都はヤンゴンだと思っていたが、実は2006年にネピドーに遷都されている。それからミャンマーという呼び方。軍事政権が1989年に国名をビルマからミャンマーに変更したのだそうだ。だから軍事政権を認めない立場の人(スーチーさんもそうだし、タイやアメリカ、イギリス、オーストラリア政府など)は、今もビルマと呼ぶ。

行く前は軍事政権に抑圧されている国というイメージであったが、思ったほどその監視の目はきつくなさそうであった。ただ市場など撮影が許可されていないらしい場所で写真を撮っていると、ここは駄目だ!と警備員のような服を着た(おそらく)警官に注意されたりすると、そういう国なのだなぁと感じる程度。ちなみに(粗末な机の上に電話がのっているだけの)公衆電話も軍事施設(通信設備)の一部とみなされ、撮影はできない。他の東南アジアでは問題ない携帯のローミングができないのも、軍事政権下の情報規制の一部なんだろうな。


そんなことを感じながら撮ってきた写真はこちら
感動した量をそのまま写真に出来ればよいのだけれど、なかなか難しいものです。
今回は、あとで見返してみると、こんなもんだっけ?と自問してしまう写真ばかりでした。
by beerman7 | 2011-08-20 14:59 | PHOTO