サービスとマイペンライ

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資格試験を受験するために、日本に一時帰国したときのタイ航空の機内でのこと。
3列シートの僕の隣の席には、乳飲み子を連れた夫婦が座っていた。
数日前、YuikoがHALを連れて日本に帰ったとき、ANAのCAの気の利かないマニュアル対応が大変に疲れた、という話を聞いていたので、少しでも楽になるように僕がどっかの席に移動して、3列で座れるようにCAにかけあってみようかな、と思っていたら、一番偉そうな人が出てきて、乳飲み子を連れた夫婦のために別の席が用意できたと言いに来た。見ていると飛行中も何かと気を使い、これこそ本当のサービスだな、と感心した。

サービス。僕は今まで「自分がちょっと得をする = サービス」と考えていたけれどそうじゃなくて、限りあるものをみんなが心地よくなるようにシェアすることが本当のサービスなのかな、と思った。それをコントロールするのはかなりセンスが要ることで、マニュアルを自分のいいようにしか解釈できない人たちにはできないだろうなー。

この辺りは、マイペンライの気質から来ていると思う。マイペンライは、微笑みの国というフレーズ同様、タイ人のいい意味で大らかさを表す言葉として有名だけれど、時にタイ人のいい加減さを表す言葉としても使われる。でもいい加減かどうか、ってのは、日本人の尺度でしかなくて、そもそもタイの人たちは、自分に出来ることを自分なりにやる、困った人がいてそれを自分がかぶっても大して気にしない、という気質を持っていると思う。

これがどこからやってきたかについては、僕は気候が関係していると思うのだけど、食べ物が豊かな温暖な地域では、明日のこととか今日の収穫の成果とかは大した問題にならなかったのではないか。それよりもみんなで楽しくあることを優先してきた人たちな気がする。翻って日本など、計画的に農業を行わなければ食べ物を手に入れられない気候地域では、働かざるもの食うべからず、という考えが生まれ、平均的に横並びである枠の中にいることで、自分が仕事をしていないという突込みを入れられないようにしてきた。だからなんだかセコい国民性になってしまったんじゃないかと思う。

そんなわけで、マニュアルを頼りに仕事をするというのは、あなたはここまでやったら合格点ですよ、という基準を得るためにも分かりやすい線引きにはなるのだが、それ以上でもそれ以下でもない均質的なサービスになりやすい。


その辺が、タイ航空と、ANAのサービスの違いにつながっているような気がしてならない。
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by beerman7 | 2010-09-09 16:52 | タイログ