日常を旅する

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なんでもない路地裏を歩くのが好きだ。
僕にとっては、覗いてみなければ出会えなかった空間と時間がそこに広がっているが、
そこで生活する人たちにとっては、当たり前に過ぎていく日常。

自分が過ごす空間や時間は、
それがまるで世界全体の広さであるかのように、
僕はしばしば錯覚してしまいがちだが、
それとはまったく無関係に、
そこに別の宇宙が存在していることにハタ!と気付かされ、
(ところで、ハタ!ってなんでしょうね?)
改めて自分の世界の狭さを認識する。


そういう散歩が僕は好きだ。


このあいだの日曜日、
人に写真撮影を頼まれたのだが、うまく会うことができず、
でもせっかく出かけたので、その近くにあるプラカノン市場に出かけてみた。
市場は、その地域の生活のエネルギーの源がそのまま凝縮されているから面白い。

こちらが日本人だから、市場に冷やかしで来ていることが分かっても、
この魚は1kgいくらだとか、5kgくらいの巨大なブロック肉を勧めてきたり、
この人は私のお父さんとお母さんなのよと紹介されたり、
何が欲しいですか?と日本語で女の子に話しかけられて、
あなたが欲しいと軽口を飛ばしたり、
タイの人は、本当に気さくにいろいろ話しかけてきてくれるから、
余計に楽しくなってしまう。


市場をだいたい一周して、運河にたどり着くと、
地元の人たちの足として使われている舟がもうすぐ出発するところだった。

行き先はよく分からないけど、とにかくそれに乗ってみることにした。

初めて訪れる場所。
でも当たり前に広がる日常。
子供たちは茶濁した川で元気に泳ぎ、犬はそれを横目で眺め、
それぞれの家の前には、舟が寄ることのできる小さな桟橋があって、
それは運河が生活の一部になっていることをあらわしていたり、
おばあちゃんが大きな荷物を抱えて舟に乗り込もうとすれば、
当たり前にそれを助け、おばあちゃんも当たり前に荷物を渡し、
行き先を告げずに舟に乗り込んだのに、
船頭はちゃんとわかっていてその人の家の前に舟を着けたり、
生活用品を満載したコンビニ舟が向こうからやってきたり、
最近は鳥を飼うのが流行っているのか、軒先に鳥かごが吊るされていたり、
夕方コーランが流れてきたり・・・、

僕が決してそこに溶けることはできない日常が、次々とやってきた。


こういうのは、本当に楽しいと思うんだよな。
また適当な路地裏を覗きに出かけてみようと思う。

その他の写真はこちらから・・・。
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by beerman7 | 2009-02-08 02:34 | PHOTO