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カテゴリ:タイ洪水支援

  • タイ洪水支援 「チュアン募金 第二回支援決定!」
    [ 2012-03-14 01:11 ]
  • タイ洪水支援 「募金額集計&ひとまず終了のお知らせ」
    [ 2012-01-28 12:57 ]
  • タイ洪水支援 「タイ洪水 その後2」
    [ 2012-01-09 21:15 ]
  • タイ洪水支援 「タイ洪水 その後」
    [ 2012-01-04 20:26 ]
  • タイ洪水支援 「日本円→バーツへ両替の報告」
    [ 2011-11-24 02:02 ]
  • タイ洪水支援 「11月19日までの募金額報告」
    [ 2011-11-19 17:03 ]
  • タイ洪水支援 「物資、村に届く」
    [ 2011-11-12 23:37 ]
  • タイ洪水支援 「簡易トイレ2」
    [ 2011-11-08 19:48 ]
  • タイ洪水支援 「簡易トイレ」
    [ 2011-11-07 20:21 ]
  • タイ洪水支援 「タンボン・ポサムハン村へ」
    [ 2011-11-06 20:36 ]
ここしばらく仕事が忙しく、チュアンさんとは会えない日々が続いていたが、彼からフッとメールが来た。なんだか子供のお絵かきのような青写真ではあるが、みなさんからお預かりした募金の残り、150,000バーツの使い道は、タンボン・ポサムハン村へ2台の浄水設備を設置することに使わせてもらおうと思います。
次回の洪水のことを考えるともう少しかさ上げした方がいいんじゃないか、鉄の架台は溶融亜鉛メッキ仕上げにした方がいいんじゃないか、樹脂フィルターのメンテナンスは誰がやるのか、記念の看板に3,000バーツは使いすぎじゃないか、等々いろいろ突っ込みどころはあるものの、洪水支援として集めた募金の使い道としては僕は大賛成です。


150枚の1,000バーツなんてもちろん初めて見たけれど、結構な迫力!近いうちにチュアンさんに手渡してこようと思います。みんな、どうもありがとうね!
10月24日にアナウンスをさせていただき3ヶ月続けてきたタイ洪水募金は、おかげさまで目標の183万円に対し、150人以上の方から合計で1,677,000円もご協力いただきました。

チュアン募金:601,000円
(563,000円+9,000バーツ+補填:6,200バーツ)
JustGiving Japan:1,076,000円

募金につきましては、今月末を持って終了させていただきます。
ご支援ご協力、本当にありがとうございました。


チュアン募金のほうは、以前にもお伝えしましたとおり、10,000円=4,000バーツとして両替して、230,000バーツをタンボン・ポサムハン村のための活動資金とさせていただきましたので、残る26,000円は、JustGiving Japanを通じてシャンティ国際ボランティア会に寄付させていただきます。また、バーツに両替した活動資金230,000バーツのうち、80,000バーツは第一回目の支援ですでに使っており、残る150,000バーツは、村への軟水化装置の導入等、今後の活動に使わせていただきます。


募金額の目標としていた183万円は、東日本大震災の時に妻のYuikoが参加したタイでの街頭募金で集まったお金と同じ金額でした。また、多くのタイ人自分のことのように心から心配してくれました。その金額には少し届かなかったものの、タイの人たちに恩返しができたかな、と思っています。


僕個人の総括としては、インターネットを通じた個人の呼びかけに友達のみならず、全くの見ず知らずの方からもたくさんのご支援をいただき、ただただ「嬉しい!」の一言です。募金の目的とはズレてしまうかもしれないけれど、応援してくれる仲間がいる、心配してくれる仲間がいる、信じてくれる仲間がいる、ということをリアルに感じられたことは、僕にとって何よりも大きなプロフィットでした。

募金への協力を呼びかけることは僕にとって初めての経験で、とても勇気が必要でした。集まらなかったら格好悪いしね・・・(笑)。まあそもそも格好いいとか悪いとかは、洪水で困っている人にとってはどうでもいい話だろうけれど、普通の人間が一人でやるには183万円という金額は大風呂敷すぎたかな、とも思ったし、どんどん集まってくる募金に対してその期待に応えなきゃ!というプレッシャーを感じたりと、踏み出す勇気はもちろんのこと、継続していくことも心を保つ必要がありました。・・・仕事なら、失敗しても謝れば済んでしまうことも(笑)、募金のほうはみんなの気持ちも同時に預かっていると思っていたので、それはやっぱり裏切れないです。

活動資金として残っている150,000バーツをどのように使ったかについては、また後日報告させていただきますが、冒頭でも書いたとおり、募金活動はひとまず終了します。
みなさん、本当にありがとうございました。


榎戸敬人
工場の復旧作業がなかなか進まない理由が他にもあったので追記します。

復旧には当然ながら金がかかるわけだけど、どうやら銀行の貸し渋りが起っているらしい。というのも、今後の保険対象から、洪水による被害という項目が外れるから、とのこと。タイで再び起らないとも限らない洪水のリスクが保険でカバーできないとなれば、今よりも高い貸し倒れのリスクを銀行が負うことになる。それで貸し渋りが起っているのだという。銀行から融資を受けることができなければ、潰れていく企業も当然出てくるだろうな。ところで、今回の保険補償は相当な額になるはずだが、保険会社は大丈夫なのだろうか。

こういう問題をどうにかするのは、もう国家レベルで動くしかないだろうね。資金を調達できずに復旧が進まない企業を助けることと、大規模な洪水が再び起らないような対策事業を行う必要があるだろう。各工業団地や企業は自衛策として、工業団地の周囲に防水壁(シートパイル)を設置する工事を始めているところもあるが、そういう対策に対して補助金を出してあげてもいいような気もする。さもなければ今後タイという国は、洪水のリスクを抱えた地域として避けられるだけである。

日本政府ももっと動いてもいいんじゃないかと思う。
(僕が動きを知らないだけかもしれないけど・・・)
もはや日本という国は人件費が高すぎて、海外にその労働資源を頼らなければ、日本企業が国際競争力を保つことはできないわけで、大げさに言えば、日本という国家の存亡にも関わると思うのだ。被害を受けた工場の6割程度が日系企業だという数字からも、日本とタイはそれだけ強い相互関係で成り立っているわけで、タイという国が日本経済の一端を担っているといっても大げさではないと思う。

もちろんタイに限らずだが、日本というひとつの国家だけでは、日本という国家を支えられなくなっているのだから、言い方は悪いが日本を支えてくれている国が被害を受ければそれを支援するのは、今後日本が国家として存続していくためにも必要なこととも思える。

世界がもし100人の村だったら、という本があったけれど、日本がもし100人の村だったら70人の外国人労働者に支えられています、なんて結果になるかもしれないね。僕たちはもっと、日本が世界の他の国から支えられて成り立っていることと、その本当のところを知る必要があるよ。そしたら本当に必要な外交の姿がもっと見えてくるんじゃないかと思う。


・・・と、洪水の話から少しズレてしまったけど、そんなこんなでまだ洪水被害は終わっていないのです。


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日本ではタイの洪水に関連するニュースはほとんど報道されなくなったと聞いているけれど、じゃあタイは今どんな感じなのかを僕の主観でお伝えしたいと思う。

僕が仕事で通うアユタヤ近郊は、特に被害が多かったエリアだが、畑や水田だった場所にところどころ水は残っているものの、12月中旬くらいまでに普段の生活をするのに支障がない程度に水は引いた。幹線道路ではないローカルの道路などはまだ道路の補修が終わっておらず相変わらずガタガタ道のままだが、一時期のような移動の困難さはなくなった。洪水で被害を受けた店舗などは復旧していない(感覚的には35%程度がまだ再開していない)ところもあるが、流通は回復しているので、普段どおりの生活が戻ってきたと言える。洪水発生当時に騒がれていた感染症などの話は特に聞かない。

問題は、被災したバンコクの北エリアの7つの工業団地の復旧の進み具合だ。今回の洪水で7つの工業団地に入居する725社(日系は450社)が冠水被害を受けた。1つの工場で働く人を仮に100人として計算しても、7万人もの人が一時的なものも含めて職を失ったことになる。タイ商工会議所大学の試算では、失業者は100万人に達する恐れもあるとのこと。

僕が支援しているチュアンさんの村を例にとっても、現金収入は工場への出稼ぎでまかなわれている地域も多いだろう。つまり、工業団地の復旧が進み、雇用が正常化するまでは、彼らの生活が元のサイクルに戻ることはない。

各企業は当然復旧作業を急いではいるが、どこも同じように復旧作業を行っているので、材料不足や労働力不足の問題が当然出てくる。聞いた話では、一年にタイで施工される全部の建物(≒建設市場)と同じ面積の工場が被害を受けているので、単純には、建設市場が倍になっているとも言えるらしい。生産機械についてはよく分からないが、こちらも同時期に需要が発生し、通常の納期通りにはいかないはずである。時間をお金で買えるくらいに資金力がある企業ばかりでもないだろうし・・・。

早い企業はすでに生産を再開しているところもあるが、それはまだ少数で、僕の主観で申し訳ないが、平均的には4月くらいまでにようやく生産の一部が再開できて、ある程度回復したと言えるまでには、おそらく今年いっぱいくらいまではかかるだろうと思う。

というのが、今のタイの現状に対する僕の理解だ。


さて、話は変わってチュアンさんの村の近況であるが、前述した雇用の問題を除けば生活はほぼ元通りに戻ったとのこと。先日両替した15万バーツの使い道については、今2つのアイデアがある。ひとつは、村をまかなえる程度の軟水化装置を設けるというもの。普段は、45Lタンクで軟水を購入しているが、これを設置することでその必要もなくなるし、次回以降の洪水対策のひとつになる。ただし、今見積を取っているが予算的に厳しそうではある。もうひとつはフットサルコートを作るという案。これは洪水とあまり関係ないが、洪水で被害を受けた道路や橋などの公共物は、役所主導で復旧を行うし、道路の一部をその資金で直したとしてもどうせ何年か経てば壊れてしまうし、それなら記念に残るようなものを作ってしまおうじゃないか、というのがアイデアの発端。

僕はどちらかというと前者のほうが、みんなから預かっている募金の使い道として妥当だとは思っているが、まあそれも見積次第である。


みなさん。
他に何かよいアイデアがあれば、ご意見いただけないでしょうか。


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10月24日にアナウンスをさせていただき、11月24日までの1ヶ月間で、
チュアン募金:537,000円+9,000バーツ
JustGiving Japan:990,000円
合計で、1,549,500円も集まりましたー。

チュアン募金の方は、募金を始めた10月21日以降のレートを調べ、10,000円あたり3,950~4,000バーツ弱で推移していたことから、切りのよい4,000バーツで両替させていただくことにしました。

(537,000円→214,800バーツ)+9,000バーツ+僕からの補充調整で、230,000バーツをタンボン・ポサムハン村のための活動資金とします。そのうち80,000バーツはすでに第一回の支援活動で使っていますので、残りは150,000バーツということになります。

実は今日、次なる支援をどうしようか、チュアンさんと話してきたところです。具体的に決まりましたら、またご報告いたしますねー。



ところで・・・。
海外で活動するNPO団体などは、現地にどのように送金しているのですかね。僕の場合は、みなさんに僕の日本の口座に振り込んで頂き、今の為替レートで仮想的に両替して、僕のこちらの口座にバーツとして貯まったお金を引き出す方法を取りましたが、本当なら送金費用は取られるし、為替レートも読み間違えたら損失が出るだろうし、扱う金額が大きいほど難しくなるよなー、と思った次第。

ボランティアに使うお金は、そういう余計な費用は発生させませんよ、という良心的な銀行でもあればいいんですが…。


→→→タイ洪水募金へのご協力はこちらから!←←←
チュアン募金:537,000円+9,000バーツ
JustGiving Japan:603,000円
合計で、1,162,500円も集まりましたー。
みなさん、どうもありがとう。

そして、こんな方からも応援していただきました!
ブログを見られた方々からの募金も集まっています。
ホリエモンさん、どうもありがとうございます。


→→→タイ洪水募金へのご協力はこちらから!←←←
週末を利用して、タンボン・ポサムハン村に支援物資を届けてきた。
8万バーツをチュアンさんに渡してからずいぶん時間が経ってしまったが、実は物資の調達に時間がかかった。アユタヤ周辺は洪水の影響で流通が麻痺していて大型量販店なども休業中のため、バンコクの南のチャチュンサオという街で仕入れてきてくれたそうだ。募金活動を始めた頃には当たり前のことに気付いていなかったが、お金さえあれば支援ができるというわけではないのである。

呼びかけに集まってくれた同じ会社の仲間が2人とバンコクに住む友達2人の計5人で、朝7時にバンコクを出発する。朝の渋滞がひどくなる前に、と早めに出たつもりだったが、村まで通常1時間半程度の距離が3時間半かかってしまった。村に着き、さっそく配ろうか!とチュアンさんに言うと「まあとりあえず飯でも食おうよ」と言う。タイ人らしいペース配分だ。ご飯が準備されている場所に行くと、ウチの会社の見慣れた顔のタイ人スタッフが6人ほど。「あれ?なんで来たの」と聞くと「榎戸さんの顔を見に来たのよ」などと言う。どうやら、物資を配る作業を何かの楽しいイベントと間違えているようだ(笑)。

作業をする前からご飯をみんなでゆっくりと食べ、いきなり最初からくつろいでしまったが、さて本番である。ピックアップ3台が登場。しかも車の横にはチュアンさんが気を利かせて作ってくれた横断幕が掲げられている。
なんだか日本代表の救援部隊として支援物資を届けに来たみたいである。まずはみんなで物資を車に積み込む。

物資の内訳は左上から米5kg、水5L、歯磨き粉、食用油、蚊取り線香、石鹸、インスタントラーメン、魚の缶詰だ。1世帯に1袋の割り当てなので、量的に少しの助けにしかならないのだろうが、でも少しの助けにはなるのである。


チュアンさんのお父さんは村の人を当然ながらよく知っているので先頭の車に乗り、僕らはそのあとを着いていく。村の端までまずは車で行き、端の家から順番に物資を手渡ししていく。
手伝いに来てくれたはずのタイ人スタッフたちは、特に何をするわけでもなくピックアップの荷台でおしゃべりをし、今日を楽しんでいる感じだった。タイ人と日本人の考え方が違うところは、タイ人は「そのやり方が楽しいか?」というところを大切にし、日本人は「そのやり方が正しいか?」ということをまず考えるというところだと思う。しかもボランティア的なことは、気持ち的なことも含め個人的なプロフィットを得てはいけない、というような雰囲気も日本にはある。

今日のようにみんなで楽しみながら物資を配るというやり方は、タイ人の気質をそれなりに理解している僕にとっても少々違和感はあった。援助される側の人に失礼ではないのか、ということが気になるのである。でも一日を過ごしてみると、タイ人方式のほうが楽しかったなぁと思える。やっぱりそこは、お互いタイ人同士だし、もともと礼節も重んじる人たちだから、僕の杞憂は杞憂として終わった。日頃仕事をしていて、タイ人は理屈で動かずに心で動くことを実感しているが、日本人がまず考えてしまいがちな「正しさ」というものは、必ずしも楽しさや幸せをもたらすものではないと思う。

物資を手渡す際、深々とワイをしながら「ありがとう」と言ってくれる人、タダでくれるんだ!ラッキーみたいな人、物資を当然のように受け取る人。反応は人それぞれであったが、全体的に気付いたのは、おばさんたちはこちらが気持ちよくなるような感謝の表現をしてくれるのに対して、男たちはなんだか無愛想だ。「ありがとう」などの言葉さえなく受け取る人もちらほら。日本から協力してくれた人たちの思いを預かっている僕としては、その反応は少し残念な感じもした。

ただ、持てるものが持たざるものに分け与えるのはお互いに当然のことだ、というタイ人の気質を、前提として僕らは理解する必要がある。昔インドに行ったときも同じことを感じた。「喜捨をする」=「本人も(宗教的に)得を積むことができる」ので、やり取りはプラスマイナスゼロなのだ。だからやり取りをした時点で、その行為は完結する。日本のようにあとから、あの人にはこの前あんなことをしたのにお返しがない、などと言うことも言われることもない。実際にそれがどんな感覚なのかまでは理解できないが、ありがとうを言われないくらいで目くじらを立てるものではない。

強い日差しの中、4時間ほどかけて全て配り終え、チュアンさんの家に戻る。またもやご飯が出てくる。お昼に散々食べたのでまだお腹が空いていなかったが、メンバーの一人は断りきれずに再び大盛りのご飯を食べていたが、僕はフルーツだけいただくことにした。

帰る段になり、僕らはそうそうにピックアップに乗り込んだが、タイ人は玄関先でおしゃべりをしてなかなか帰ろうとしない。なぜだろう?と思いつつもしばらく待ってその理由が分かった。チュアンさんのお父さんへの別れの挨拶をみんな待っていたのだ。お父さんが出てきて、みんなと挨拶を交わす。老人や子どもを大切にする、タイ人のいいところだ。僕らはピックアップの上からそれをボーっと見ていたが、お父さんがこちらにわざわざ来てくれて、「みんな次に会うまで元気で幸せに過ごすんだよ」みたいな意味のお経のようなおまじないのような言葉をみんなにかけてくれた。なんだか心が温まるのである。

帰りは、行きよりも渋滞がさらにきつくなり、5時間もかかってしまった。バンコクに着いたのは10時頃になってしまったが、今日一日が無事終了したことを焼き肉屋で乾杯することにした。

そして今日。こんな嬉しいメッセージも届く。
丁寧に、80,000バーツの内訳を送ってくれたが、タダで振る舞ってくれたと思っていた昼飯代が入っているのはナゼ?と、少し笑ってしまったが、タイ人のご愛嬌ということで僕の方から補てんしておきます。

まだまだ先は長いが、タイが早く元気な姿を取り戻せるよう、応援して行きたい。

その他の写真はこちらから…


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簡易トイレと石灰の使用方法について、
さっそくみなさんから、いろんなことを教えていただいたので、ご紹介。



【石灰について】

生石灰(せいせっかい/酸化カルシウム)や消石灰(しょうせっかい/水酸化カルシウム)は、水や土壌中に水分があると、生石灰は消石灰となり、消石灰が水に溶けると強アルカリ性を呈す。
(飽和水溶液はpH=12.4)
強力なアルカリ性による抗ウイルス、殺菌効果があり、水分と反応することによる脱水作用、また脱脂作用がある。
消石灰は、二酸化炭素と反応すると炭酸カルシウムとなり、炭酸カルシウムは化粧品原料、食品添加物としても使用が認められている安全なもの。

畜産業界での畜舎の清掃等にも使用される、安価なんで非常にポピュラーな消毒薬。
(日本でも鳥インフルや口蹄疫が出たときに使用された)
伝染病の蔓延の恐れのある簡易トイレ諸々の不衛生な場での使用はコスト的にも非常に使い易い消毒剤。


【トイレの自作方法】
非常に分かりやすいサイトを教えてもらいました。
ウンチとおしっこを混ぜないようにする仕組みが肝要とのこと。
理由は、一緒にすることによって腐敗が始まり,異臭を放つことと、石灰を利用する場合には、ウンチの水分を取らずにおしっこの水分に反応してしまうから。

僕がボーイスカウト時代にやっていた、糞尿が混じったものに石灰を入れても、効果は薄い、ということなんだね。



さあ、これをタイ語で説明するのが難儀だなあ・・・。
石灰ってタイ語で何ていうんだ?


本日までの募金額
チュアン募金:527,000円+9,000バーツ
JustGiving Japan:298,000円
合計で、847,860円も集まりましたー。ひゅーひゅー!
みなさん、どうもありがとう!


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そういえば昨日、チュアンさんの村に行ったときに、トイレが困っている話を書くのを忘れていた。以前、TKOからもコメントをもらった話だ。

僕が石灰とウンチで思い出すのは、その昔、ボーイスカウトをやっていた頃、日本ジャンボリーに参加し、そういえばウンチに石灰を混ぜて土に埋めた記憶があるのだけれど、石灰は何のためだったのだろう?
マッチング(混合比)が大事だ!、今日のマッチングを報告いたしまーす!などと悪ふざけしたいたのはしっかり覚えているが、その理由がさっぱり思い出せない。


何のためなのか、どのような処理方法が正しいのか、ご存知の方、教えていただけませんか?


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今日は、チュアンさんの村、タンボン・ポサムハン村を見に行ってきた。高速道路の途中でチュアンさんと待ち合わせ、そこからはチュアンさんのピックアップで冠水しているルートを迂回しながら村へ向かう。
一時期、1m以上もあったという村への道路の水位は40、50cmほどに下がっていて、ところどころ道路が陥没している箇所で突然車がどすっと大きく傾くものの、なんとか進むことはできた。車の中で、チュアンさんと話をする。「洪水は、地震や津波みたいに突然やってくるものではないから逃げられるし、そんなに心配していないよ。赤シャツのほうがよっぽど危ないよ、はっはっは」 タイ人の一般的な感覚なのかもしれない。

途中、お寺にお参りに行くという老夫婦をチュアンさんが拾う。洪水でそれ以上進めなくて困っている人を助けたのだ。自力で行けないこんな洪水の中でもお寺へのお祈りには行くのだなあ、と少し不思議に思ったが、そのくらいタイの人にとってお寺でお参りすることが身近にあるのと、どうせ家にいても水が引くまで何もできないのだから、祈っておこうということなのかも知れない。老夫婦が「帰りはどうやって帰ろうかー」などと話しているのを聞くと、いかにもタイ人らしくのん気で無計画だなーと思ったりもするが、現にこうやって車が現れてお寺に行く手段は確保できているのだから、帰りもなんとかなるだろうと楽観している言葉にも聞こえる。

チュアンさんの村に入ると、道路は顔を出していたが、家が道路より低い場所にあり水に浸かっているので、日本の運動会のときようなテントを張って、路家で生活している人たちが目に付く。

そんな中をしばらく車で進んで途中で舟に乗り換え、チュアンさんの家までおよそ10分。2年前に結婚式をやったときの風景を思い出そうとするが、水のあるこの風景がこの村の最初からの風景であるようにも見えなくもない。

家に着くとチュアンさんのお母さんが、手作りの舟に乗って庭の木陰にプカプカと浮いていた。電気は来ているとのことだったが、エアコンが洪水で壊れてしまったので、舟の上で涼んでいたのかも知れない。チュアンさんが「榎戸さんのこと、覚えてる?」とお母さんに聞くが「ああ、うんうん」と曖昧な返事をしているだけだったので、たぶん覚えてはいないのだろう(笑)。
87歳になるという村長さんでもあるお父さんは、お寺に出かけて家にはいないという。チュアンさんのお父さんはこの村で生まれ育ったそうだが、これほど水位が上がった洪水は初めてらしい。灌漑工事などにより昔とは水の流れが変わっていることも考えられるが、今回の洪水がそれほど大きなものであるということだ。17年前にも、大きな洪水があったそうだが、道が通れなくなるほどではなかったらしい。チュアンさんの村は、およそ120世帯。あれ?この前は70世帯と言っていなかったかな?と思ったが、村は用水路を挟んでチュアンさんの家側と向こう側に分かれていて、70世帯というのはチュアンさんの家の側のことを言っていたらしい。

いつまでも家にいても、僕が何かできるわけでもないので、舟で村の中を一周してもらう。
さすがにこの村で育っただけはあって、どこへ行ってもみんながチュアンさんに声をかけてくる。みんな元気そうに笑顔で会話をしているし、さしあたって食べるものに困っているような様子もなさそうだ。チュアンさんが「日本人が村の調査に来てまーす」と冗談めいた感じで村の人と話をしている。


今日、村を見た感想と村についてわかったことは、急を要するような手助けは必要なさそうだということ。水が引きつつあり輸送ルートもなんとか確保できているので、人の命に関わるような被害まで大きくはならなそうだな、ということ。村人の生活の糧である(主に米の)畑は、苗が腐ってしまったので収穫は諦めるしかないこと。また、チュアンさんから聞いて知ったことは、この村はチュアンさんのお父さん世代は農業をやっているが、その子どもの世代は90%くらいが工場へ働きに出ているということだ。


つまり、この村が回復していくために必要なことは、まず水が引くこと。それは、自然に任せるしかないことではあるが、タイはすでに乾季に入っていてこれ以上雨はそれ程降らないだろうから、今後一ヶ月ほどでほとんどの土地は乾いていくだろう。次に村の若い世代の働き口である工場が再開すること。畑が駄目で、工場も動かなければ、彼らの収入は途絶える。いずれ蓄えが尽きれば、生活に困ることになる。そのあたりを見つめながら、少し長く付き合っていく必要がありそうだ。

舟で車まで戻り、チュアンさんの家に食料を運んできたチュアンさんの親戚と話しをする。「どうだった?」と聞くので、「みんな困っているとは思うけれど、まだ生きているからそれでいいよね」と少し失礼かなと思いつつも正直に感想を答えると、笑って頷いていた。

チュアンさんと別れた帰りの車の中、支援とは、どこまで手助けすればよいのかを考える。例えば、ある家の水で家具が濡れてしまったからといって、新しく買ってあげることは募金の使い方として適当ではないと思うからだ。僕が今日村を見て感じたひとつの最低ラインは「少々困っても元気に生きていられるなら、それでいいじゃないか」ということ。村の人たちには自力で回復していく力がありそうだと感じたので、預かった募金を他のさらに困っている地域に使うことも考えていくことも必要かもしれないな、と思った。

洪水の被害に対して僕に何ができるのか、正直、明確にはまだよく分かっていない。今後、水や蚊などを媒介した伝染病などが広がるかもしれないが、僕はそれに対して何かできるほどの力があるわけではない。僕があまり大きなことを考えても意味はないとも言える。とりあえずアンテナを張り、自分ができそうなことを捕まえて行くことなんだろうな。


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