タイ洪水支援 「物資、村に届く」
週末を利用して、タンボン・ポサムハン村に支援物資を届けてきた。
8万バーツをチュアンさんに渡してからずいぶん時間が経ってしまったが、実は物資の調達に時間がかかった。アユタヤ周辺は洪水の影響で流通が麻痺していて大型量販店なども休業中のため、バンコクの南のチャチュンサオという街で仕入れてきてくれたそうだ。募金活動を始めた頃には当たり前のことに気付いていなかったが、お金さえあれば支援ができるというわけではないのである。
呼びかけに集まってくれた同じ会社の仲間が2人とバンコクに住む友達2人の計5人で、朝7時にバンコクを出発する。朝の渋滞がひどくなる前に、と早めに出たつもりだったが、村まで通常1時間半程度の距離が3時間半かかってしまった。村に着き、さっそく配ろうか!とチュアンさんに言うと「まあとりあえず飯でも食おうよ」と言う。タイ人らしいペース配分だ。ご飯が準備されている場所に行くと、ウチの会社の見慣れた顔のタイ人スタッフが6人ほど。「あれ?なんで来たの」と聞くと「榎戸さんの顔を見に来たのよ」などと言う。どうやら、物資を配る作業を何かの楽しいイベントと間違えているようだ(笑)。
作業をする前からご飯をみんなでゆっくりと食べ、いきなり最初からくつろいでしまったが、さて本番である。ピックアップ3台が登場。しかも車の横にはチュアンさんが気を利かせて作ってくれた横断幕が掲げられている。
なんだか日本代表の救援部隊として支援物資を届けに来たみたいである。まずはみんなで物資を車に積み込む。
物資の内訳は左上から米5kg、水5L、歯磨き粉、食用油、蚊取り線香、石鹸、インスタントラーメン、魚の缶詰だ。1世帯に1袋の割り当てなので、量的に少しの助けにしかならないのだろうが、でも少しの助けにはなるのである。
チュアンさんのお父さんは村の人を当然ながらよく知っているので先頭の車に乗り、僕らはそのあとを着いていく。村の端までまずは車で行き、端の家から順番に物資を手渡ししていく。
手伝いに来てくれたはずのタイ人スタッフたちは、特に何をするわけでもなくピックアップの荷台でおしゃべりをし、今日を楽しんでいる感じだった。タイ人と日本人の考え方が違うところは、タイ人は「そのやり方が楽しいか?」というところを大切にし、日本人は「そのやり方が正しいか?」ということをまず考えるというところだと思う。しかもボランティア的なことは、気持ち的なことも含め個人的なプロフィットを得てはいけない、というような雰囲気も日本にはある。
今日のようにみんなで楽しみながら物資を配るというやり方は、タイ人の気質をそれなりに理解している僕にとっても少々違和感はあった。援助される側の人に失礼ではないのか、ということが気になるのである。でも一日を過ごしてみると、タイ人方式のほうが楽しかったなぁと思える。やっぱりそこは、お互いタイ人同士だし、もともと礼節も重んじる人たちだから、僕の杞憂は杞憂として終わった。日頃仕事をしていて、タイ人は理屈で動かずに心で動くことを実感しているが、日本人がまず考えてしまいがちな「正しさ」というものは、必ずしも楽しさや幸せをもたらすものではないと思う。
物資を手渡す際、深々とワイをしながら「ありがとう」と言ってくれる人、タダでくれるんだ!ラッキーみたいな人、物資を当然のように受け取る人。反応は人それぞれであったが、全体的に気付いたのは、おばさんたちはこちらが気持ちよくなるような感謝の表現をしてくれるのに対して、男たちはなんだか無愛想だ。「ありがとう」などの言葉さえなく受け取る人もちらほら。日本から協力してくれた人たちの思いを預かっている僕としては、その反応は少し残念な感じもした。
ただ、持てるものが持たざるものに分け与えるのはお互いに当然のことだ、というタイ人の気質を、前提として僕らは理解する必要がある。昔インドに行ったときも同じことを感じた。「喜捨をする」=「本人も(宗教的に)得を積むことができる」ので、やり取りはプラスマイナスゼロなのだ。だからやり取りをした時点で、その行為は完結する。日本のようにあとから、あの人にはこの前あんなことをしたのにお返しがない、などと言うことも言われることもない。実際にそれがどんな感覚なのかまでは理解できないが、ありがとうを言われないくらいで目くじらを立てるものではない。
強い日差しの中、4時間ほどかけて全て配り終え、チュアンさんの家に戻る。またもやご飯が出てくる。お昼に散々食べたのでまだお腹が空いていなかったが、メンバーの一人は断りきれずに再び大盛りのご飯を食べていたが、僕はフルーツだけいただくことにした。
帰る段になり、僕らはそうそうにピックアップに乗り込んだが、タイ人は玄関先でおしゃべりをしてなかなか帰ろうとしない。なぜだろう?と思いつつもしばらく待ってその理由が分かった。チュアンさんのお父さんへの別れの挨拶をみんな待っていたのだ。お父さんが出てきて、みんなと挨拶を交わす。老人や子どもを大切にする、タイ人のいいところだ。僕らはピックアップの上からそれをボーっと見ていたが、お父さんがこちらにわざわざ来てくれて、「みんな次に会うまで元気で幸せに過ごすんだよ」みたいな意味のお経のようなおまじないのような言葉をみんなにかけてくれた。なんだか心が温まるのである。
帰りは、行きよりも渋滞がさらにきつくなり、5時間もかかってしまった。バンコクに着いたのは10時頃になってしまったが、今日一日が無事終了したことを焼き肉屋で乾杯することにした。
そして今日。こんな嬉しいメッセージも届く。

丁寧に、80,000バーツの内訳を送ってくれたが、タダで振る舞ってくれたと思っていた昼飯代が入っているのはナゼ?と、少し笑ってしまったが、タイ人のご愛嬌ということで僕の方から補てんしておきます。
まだまだ先は長いが、タイが早く元気な姿を取り戻せるよう、応援して行きたい。
その他の写真はこちらから…
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呼びかけに集まってくれた同じ会社の仲間が2人とバンコクに住む友達2人の計5人で、朝7時にバンコクを出発する。朝の渋滞がひどくなる前に、と早めに出たつもりだったが、村まで通常1時間半程度の距離が3時間半かかってしまった。村に着き、さっそく配ろうか!とチュアンさんに言うと「まあとりあえず飯でも食おうよ」と言う。タイ人らしいペース配分だ。ご飯が準備されている場所に行くと、ウチの会社の見慣れた顔のタイ人スタッフが6人ほど。「あれ?なんで来たの」と聞くと「榎戸さんの顔を見に来たのよ」などと言う。どうやら、物資を配る作業を何かの楽しいイベントと間違えているようだ(笑)。

作業をする前からご飯をみんなでゆっくりと食べ、いきなり最初からくつろいでしまったが、さて本番である。ピックアップ3台が登場。しかも車の横にはチュアンさんが気を利かせて作ってくれた横断幕が掲げられている。


物資の内訳は左上から米5kg、水5L、歯磨き粉、食用油、蚊取り線香、石鹸、インスタントラーメン、魚の缶詰だ。1世帯に1袋の割り当てなので、量的に少しの助けにしかならないのだろうが、でも少しの助けにはなるのである。

チュアンさんのお父さんは村の人を当然ながらよく知っているので先頭の車に乗り、僕らはそのあとを着いていく。村の端までまずは車で行き、端の家から順番に物資を手渡ししていく。

今日のようにみんなで楽しみながら物資を配るというやり方は、タイ人の気質をそれなりに理解している僕にとっても少々違和感はあった。援助される側の人に失礼ではないのか、ということが気になるのである。でも一日を過ごしてみると、タイ人方式のほうが楽しかったなぁと思える。やっぱりそこは、お互いタイ人同士だし、もともと礼節も重んじる人たちだから、僕の杞憂は杞憂として終わった。日頃仕事をしていて、タイ人は理屈で動かずに心で動くことを実感しているが、日本人がまず考えてしまいがちな「正しさ」というものは、必ずしも楽しさや幸せをもたらすものではないと思う。

物資を手渡す際、深々とワイをしながら「ありがとう」と言ってくれる人、タダでくれるんだ!ラッキーみたいな人、物資を当然のように受け取る人。反応は人それぞれであったが、全体的に気付いたのは、おばさんたちはこちらが気持ちよくなるような感謝の表現をしてくれるのに対して、男たちはなんだか無愛想だ。「ありがとう」などの言葉さえなく受け取る人もちらほら。日本から協力してくれた人たちの思いを預かっている僕としては、その反応は少し残念な感じもした。

ただ、持てるものが持たざるものに分け与えるのはお互いに当然のことだ、というタイ人の気質を、前提として僕らは理解する必要がある。昔インドに行ったときも同じことを感じた。「喜捨をする」=「本人も(宗教的に)得を積むことができる」ので、やり取りはプラスマイナスゼロなのだ。だからやり取りをした時点で、その行為は完結する。日本のようにあとから、あの人にはこの前あんなことをしたのにお返しがない、などと言うことも言われることもない。実際にそれがどんな感覚なのかまでは理解できないが、ありがとうを言われないくらいで目くじらを立てるものではない。
強い日差しの中、4時間ほどかけて全て配り終え、チュアンさんの家に戻る。またもやご飯が出てくる。お昼に散々食べたのでまだお腹が空いていなかったが、メンバーの一人は断りきれずに再び大盛りのご飯を食べていたが、僕はフルーツだけいただくことにした。
帰る段になり、僕らはそうそうにピックアップに乗り込んだが、タイ人は玄関先でおしゃべりをしてなかなか帰ろうとしない。なぜだろう?と思いつつもしばらく待ってその理由が分かった。チュアンさんのお父さんへの別れの挨拶をみんな待っていたのだ。お父さんが出てきて、みんなと挨拶を交わす。老人や子どもを大切にする、タイ人のいいところだ。僕らはピックアップの上からそれをボーっと見ていたが、お父さんがこちらにわざわざ来てくれて、「みんな次に会うまで元気で幸せに過ごすんだよ」みたいな意味のお経のようなおまじないのような言葉をみんなにかけてくれた。なんだか心が温まるのである。

帰りは、行きよりも渋滞がさらにきつくなり、5時間もかかってしまった。バンコクに着いたのは10時頃になってしまったが、今日一日が無事終了したことを焼き肉屋で乾杯することにした。
そして今日。こんな嬉しいメッセージも届く。


まだまだ先は長いが、タイが早く元気な姿を取り戻せるよう、応援して行きたい。
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